ぴーちくぱーちく

うるさーーーい!

瞳子

「何が嫌いかより何が好きかで自分を語れよ!!!」がほんそれ名言として時流を席巻しているけれど、自分は吉野朔実の「瞳子」で出てきた「好きなものが同じより、嫌いなものが同じほうがいいような気がするんだ」という言葉が忘れられない。もしかすると、この2つは別に対立する考え方ではないのかもしれないけれど。嫌いなものが好きな人と仲良くできるのだろうかと、最近はよく考える。

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LEVEL4

 なんてことを前に言ってたなって急に思い出した。マンガは変わらず好きだけど、もうさ、喫茶店とかでちょっといいジュースとか飲みながら読みたいよね。今は。

 

欲望もレベル上げれば ちょっとやそっとじゃ 満たせないけれど

是が非でも お願いしたい 君が夢の カギになるから。

 

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ワワフラミンゴ「くも行き」を観て

ワワフラミンゴの公演「くも行き」を観てきた。

 

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初日はアフタートークがついていて、トークゲストで来ていた橋龍さん(ウンゲツィーファ)は「1時間以上あったのに、なにも思い出せない。なにもなかったなって思っちゃうのが逆にすごい」、山内晶さん(キリグス)は「話の意味とかを破壊している」という感想を出し、それに対して劇団代表の鳥山フキさんが「話をしているとき人は必ずしもそのことだけを考えているわけじゃない」「いまこうして観ているあなたたちも、目の前のものを観ながら、わりかしいろんなことを考えてると思いますよ」と、今回の公演(もしくは自分の作ろうとしているもの)について語っていたのが印象的だった。

 

いきなり劇そのものではなくアフタートークの話を始めてしまったけれども、そもそも「くも行き」という舞台は筋道を立てて語れるような物語や出来事はなくて、観ている間はずっと狐につままれているような気分だった。例えばおじさんと青年が会話をしていると、突然に青年が透明人間になってしまっておじさんは困る。そこに大量の雪が降ってきて舞台を散らかし、青年とおじさんは雪の片付けを始め、青年が透明人間になったことは解決しないまま話は一区切りし、次のシーンに移ってしまう。ひとつひとつの会話が軽妙だったり“突然に透明人間になる”“大量の雪が降ってくる”みたいなイベントは豊富だから観ていて別に飽きないのだけど「え、今の場面はなにを観せられていたの?どうなったの?」という事態の連続を味わうことになる。

 

そこで舞台を読み解く鍵となるのが、アフタートークで鳥山さんが言っていた「人間は常に別のことを考えてる」という話。何か大事な話をしているときに、うわのそらで別のことを考えている状態ってあって、その「うわのそら」の部分って面白そうだよねってことなんじゃないか。

 

さっきの大量の雪が降ってくる場面では、観客がビクッとするくらいの量の白い塊が天井から落ちてくるわけだけど、その場面でおじさんが言うセリフが「雪のおかげでちょっと見えたよ(透明人間だけど)」というもので。異常事態が起きているときこの人は「あ、ちょっと見えた」ってことが一番気になっていたんだってことが、このセリフからわかる。そういう観客の視点から少しずれた感想が差し込まれるのは、ちょっとうわのそら感があった。

 

そもそも雪が降って来る前には、人が透明になるっていう大変なことが起きていて、それについて話し合ってたのに雪が降ってきたせいでうやむやになって、とにかく話がずらされ続けている。そういう1つの物事に思考をフォーカスさせない「ずっと気が散りっぱなし」の状態を、ワワフラミンゴは作ろうとしているのかもしれない。

 

このあいだ、わりかし舞台を観に行っている友達と飲んだとき、僕は普段あまり演劇を観ないので、ほかの娯楽と比べて演劇の面白いところってどこなのかってことを訊いたら「舞台の上でいろんなことが起きていて、いろんな観方ができるところがいい。観方が固定されている映画のような作りのものは、あまり演劇でやる意味を感じない」という説明をされ、わかるようなわからないようなと思っていた。でもワワフラミンゴの舞台を観て、ちょっとその「観方が固定されていない」という考え方がわかった気がする。

 

長々書いたけど、人の感想とか「ふーん」って感じでしょう。僕もそう思うので、観て自分で考えてください。

 

ワワフラミンゴ「くも行き」見逃すな!まだ間に合う!

2019年12月18日(水)~22日(日)

東京芸術劇場 シアターイース

http://wawaflamingo.com/next

ディーンアンドデルーカのホットアップルサイダーが美味しかったんだ

みんなからSNSをやめて日記を書けと言われるので、短いものでもいいからやってみるかと思い、今日からちょっとメモ程度に始めてみることにした。

 

金曜から妻も息子もお腹を壊していて、自分だけ元気という週末。固形物を食べるとよくないからと2人は朝ごはんをウィダーインゼリーで済ませていて、息子は「足りないよー」と言って、殻になった容器から残りを絞り出すようにして飲んでいた。自分は元気なので別に普通のごはんを食べてもかまわないのだが、何か気が引けてしまい、台所でこっそりチキンラーメンを食べていたのだが、そんな匂いの強いものを食べてバレないわけがなく「チキンラーメンを食べているね」とリビングから妻に指摘される。気がついていなかった息子も妻の声を聞いて「チキンラーメン?」と身を乗り出す。気を使って隠れていたのに、これじゃあ僕が、妻子がお腹を空かせているのに自分だけいいものを食べようとする意地汚いお父さんみたいじゃないか。そうなんだが。

 

重たいものを食べないようにしていた成果か、夕方ごろには息子のお腹は調子を取り戻したようなので、一緒に外に出かける。妻は留守番。何か温かいものを飲みたいと思い、ディーンアンドデルーカでホットアップルサイダーをテイクアウトで注文する。ホットでサイダーとはどういうものなのだろうと思っていたら別に炭酸が入っているわけでなく、シナモンやスパイスで味付けをされたりんごジュースが出てきて、ちょっと驚く。

 

電車に揺られながら、じんわり温かいホットアップルサイダーを口につけて、ああこの感覚は冬だなと思った。12月も中旬になり、すっかりコートも着慣れて冬の装いになっているのに、イルミネーションを見ても仕事が年末進行で忙しくなっても、なんとなくまだ心は夏が終わって少し経ったな、くらいに感じていた。その感じが、一杯のホットアップルサイダーで一気に冬になった。

 

クリスマスが好きなのだけど、たぶんそれはクリスマスにあまり現実味がないからで、もみの木とかプレゼントとかサンタクロースとか、生活の中に夢が入り込んでくる感じがいい。仕事があまりに嫌なので、今年は会社の自分の席の横のカーテンにオーナメントやアイシングクッキーを吊るして浮かれた感じにして、僕の席だけアホみたいになってるのだけど、そういう飾り付けをして「もっとカーテンに吊るすものを増やしたい」みたいな目的ができると、会社に行くのが仕事をするためだけじゃなくなり、雑貨屋でオーナメントを買っているときの楽しさが自分のデスクと地続きになる。ずっと遊んでるみたいな気持ちでいたい。

 

普段は飲まないホットアップルサイダーなんていうものを飲むと、じんわり温かい液体と一緒に、そういう生活とか現実とは離れた、冬の非現実的な部分みたいなものが一緒に入ってくる。素敵で優雅な愛すべき冬の到来だ。クリスマスに食べる鳥の丸焼きを、近所の鳥肉屋で予約して帰宅する。遅くなったが、冬を楽しく過ごすための準備を始めなくてはいけない。

「アリスと蔵六」アニメ化記念今井哲也インタビュー

原稿だって書けるよ。コミックナタリーで「アリスと蔵六」テレビアニメ化記念のインタビュー記事を書きました。

アリスと蔵六(1) (RYU COMICS)

アリスと蔵六(1) (RYU COMICS)

Power Push「アリスと蔵六」アニメ化記念、今井哲也インタビュー (1/4)
http://natalie.mu/comic/pp/alicetozouroku01

作者の今井哲也さんとはTwitterで相互フォローしているので、会ったことはないけれどなんとなく認識はされているだろうなあと思っていたのだけど、名刺を渡したら「東京のことならなんでも俺に訊いて、の人ですよね」と言われてしまう。東京のことなら、なんでも、俺に訊いて! クライアントに頭がおかしいと思われたかもしれない。

インタビュー中に「(ろくろを回すポーズで)」という記述があるのですが、これは僕が書いたのじゃなく原稿を送ったら付け加えられて戻ってきたものだということは、記録しておきたい。今井さんご本人のクリエイターとしてのこだわり、つまり顕れるイデア

なにはともあれアニメ「アリスと蔵六」はすばらしい仕上がりになると思うので、みなさん是非。

僕と君の大切な話

美人なあまり近寄りがたいと評判の相沢さんと、普段は女子と口喧嘩ばかりしている東くん、接点などなさそうな2人が学校の中庭で仲睦まじく談笑をしている。カメラは2人を見下ろすように上へとあがっていき、校舎の窓から2人を覗く東くんのクラスメイトを映し出す。スキャンダルを目撃したように人々はざわつく。呪詛の念を唱える者、わざとらしく手を望遠鏡のようにして遠くの2人に好奇の視線を送る者もいる。

喧騒に包まれる校内。その中心にいるはずの2人にだけ、まだこの騒ぎは聞こえてこない。すぐにも友たちは彼らを捕まえ、ひやかしたり、怒りをぶつけたり、まだわけのわかっていない2人を巻き込んで次のドラマを始めることだろう。けれども何かが始まった、この瞬間に限り東と相沢には平和な時間が流れている。

校舎の3階・窓の中に広がるパニックと、少しだけ離れた場所に流れる穏やかな時間。ひゅうっと風が、その間を吹き抜けていく。

この「僕と君の大切な話」は、女性の考えは理解できないと思っている朴念仁の東くんと、その東くんに片思いをしている女の子・相沢さんの物語。恋愛ものなのだけど、一般的なラブコメと一線を画すのは、最初の時点でヒロインが男の子にすでに告白をしてしまっているところ。恋人同士にはなれなかったけれど、告白をきっかけに話をするようになった2人が「女はこうだ」「男だってこうじゃない」と、男女の相容れない部分や他愛のないことを語り合い、少しずつ互いのことを理解していく会話劇になっている。

1巻の時点では2人の仲があまり進展せず、てっきり恋愛要素はオマケで“男女あるある”を披露する少女マンガ版「絶望先生」なのかと思っていた。嫌いじゃないけど第一印象が小粒で、ストーリーマンガのように先の展開が気になる推進力が得られず、ネタの消費に終始するようなら買い続けるかは悩みどころだった。なのに第2巻を手に取ったのはなぜかというと、1巻の終わり方が世界観の広がりを感じさせたから。

駅のベンチでしか出会うことのなかった2人が、ふとしたことから学校でも話をするきっかけを掴むところで1巻は終わる。この移動は場所だけでなく、もちろん2人の距離が縮まったことも意味する。ここで、このマンガはもしかしてちゃんと恋愛を描く気があるのかもしれないと期待を持ったのが理由の1つ。

もう1つは校内で2人が会話をしたことで、学校中の人達が東くんと相沢さんの関係に気がつくシーンが挿入されたこと。学園ドラマの始まりを感じたし、なにより中庭で話をしている2人を校舎の窓から見下ろす描写が抜群によかったのだ……と、ここまで書いて1巻を見返したら、頭の中と実際の描かれ方がぜんぜん違った。「このシーンいいな」と思うあまり、より自分の好きな風に頭の中で想像を膨らましすぎていた。日記冒頭の描写が、僕の頭の中で再生されていた1巻ラストの景色だ。

ちなみに2巻では大きく話が動き、1巻で見せた予感を裏切らない展開になっていました。3巻への引きも続きが読みたくなる感じで、単行本の区切りを意識した編集は完璧。これは担当・しーげるさん(https://twitter.com/henshu_shigel)の手腕か。